注射薬の浸透圧比を理解して、安全な末梢投与を判断しよう
「この薬、末梢でいけるかな?」——そんなときに頼りになるのが浸透圧と浸透圧比です。浸透圧が高いほど血管痛や静脈炎のリスクは上がりやすくなります。本記事では、浸透圧比の見方、末梢投与の考え方、浸透圧比が高めの薬剤の例、そして混合時の簡単な計算の手順までを、解説していきます。
【ご注意】
本記事は、医療関係者を対象とした情報を含んでおり、一般の方(患者さんなど)を対象としたものではありません。
ご自身の治療や服薬に関するご不明点は、必ず主治医や薬剤師にご相談ください。
※数値は代表値・目安です。製剤や濃度で変わるため、最終判断は必ず各製品の添付文書・施設手順に従ってください。
浸透圧比とは
- 定義:ある注射液の浸透圧を、等張液(多くは0.9%生理食塩液や血漿浸透圧)1として比で表したものです。
例)生理食塩液 ≒ 308 mOsm/L を「1」とみなす。 - 目安の感覚
- 1前後:等張域
- 3〜4:注意域(投与速度や血管条件に配慮)
- 4超:高浸透圧域(中心静脈ルートを優先して検討)
- ちょっと注意:表示が mOsm/L(浸透圧モル濃度)か mOsm/kg(浸透圧モル濃度・質量基準)かで数値がブレることがあります。最終的には添付文書の値を確認して判断しましょう。
末梢投与における注射薬の考え方
- 浸透圧(浸透圧比)
- 目安として、900 mOsm/L以上(浸透圧比≒3以上)で静脈炎リスクが上がりやすく、浸透圧比4以上は基本的に中心静脈ルートを検討しましょう。
- pH
- pH 5〜9の範囲から外れるほど刺激性が高まりやすいです。高浸透圧と極端なpHが重なるときは特に慎重に。
- 薬剤そのものの刺激性
- 浸透圧だけでなく、壊死性/刺激性(vesicant)の性質もチェックしておくと安全です。
- 濃度・速度・投与時間
- 希釈すれば浸透圧は下がるので、濃度と投与速度を少し控えめにするだけでも体感はかなり変わります。最後のフラッシュも丁寧に。
- ルート条件
- できるだけ太い静脈を選び、留置期間は短めに。刺入部のこまめな観察(痛み・発赤・腫脹)が早期対応につながります。
中心静脈投与の浸透圧上限
中心静脈は十分な血液量・血流量があるとされており、一般的に上限は設定されていません。
緊急時を除くと、TPNで浸透圧8程度の薬剤が投与されることがあり、現場的なMAXはこのあたりになると思われます。
浸透圧比が高い主な薬剤
※製剤差・濃度差があります。必ず添付文書で確認してください。
- ST合剤静注(バクトラミン/バクタ®注 など)
- 浸透圧比30前後+アルカリ性
- 原液投与は中心静脈でもしない。しっかり希釈し、必要に応じて中心静脈を検討。末梢なら太い静脈+ゆっくり投与+十分なフラッシュが安心です。
- ビーフリード®輸液(PPN系)
- 浸透圧比3前後で境界域
- 末梢で使うなら刺入部の観察を丁寧に。施設基準で中心静脈を選ぶケースもあります。
- 20%ブドウ糖(D20)
- 浸透圧比4前後
- 希釈して使うと安心。末梢ならD10以下を目安に。
- 50%ブドウ糖(D50)
- 浸透圧比10前後
- 末梢は緊急時のみ。やむを得ない場面では、確実なルート・緩徐投与・十分なフラッシュ・可能なら事前希釈(D25~D10)でリスク低減を。
- 塩化カリウム注
- 浸透圧比6前後
- 必ず希釈し、濃度上限・速度は施設プロトコル厳守。高濃度は中心静脈が無難です。
- 塩化カルシウム注(10%)
- 浸透圧比5前後
- 可能なら中心静脈で。末梢で緊急投与するときも太い静脈+ゆっくり+十分なフラッシュを心がけます。
- マンニトール20%
- 浸透圧比5前後
- 浸透圧利尿剤であり、その利尿作用は高い浸透圧によって発揮されます。そのため、薬理的に高浸透圧を保つ必要があり、希釈は行いません。末梢では太い静脈を選び、違和感があれば早めにルート変更を。
- 高カロリー輸液(中心静脈栄養)
- 浸透圧比4〜6以上も多く、中心静脈が原則です。
浸透圧比の計算方法
例:バクトラミン注 4A + 生食500㎖
- バクトラミン注 5 mL(浸透圧比=30)×4A → 合計 20 mL
- 生理食塩液 500 mL(浸透圧比=1)
- 等張の基準:生理食塩液=約308 mOsm/L=浸透圧比1
- 最終容量:20 + 500 = 520 mL
パターンA:浸透圧比の「体積加重平均」で計算する方法
混合液の浸透圧比 =
{(薬剤Aの浸透圧比 × 薬剤Aの容量) + (薬剤Bの浸透圧比 × 薬剤Bの容量)} ÷ 総容量
今回の数値をそのまま当てはめます:
- {(30 × 20 mL) + (1 × 500 mL)} ÷ 520 mL
- = (600 + 500) ÷ 520
- = 1,100 ÷ 520 = 約2.12
浸透圧比=2.12
パターンB:オスモル(mOsm)で計算する方法
※薬剤の浸透圧比がわからず、浸透圧の情報のみある場合
バクトラミン注の浸透圧:約9,240 mOsm/L
生理食塩液の浸透圧:308 mOsm/L
①総オスモル量を求める
オスモル量(mOsm)=浸透圧(mOsm/L)×体積(L)
バクトラミン注:9,240 × 0.020 L = 184.8 mOsm
生理食塩液:308 × 0.500 L = 154.0 mOsm
合計:338.8 mOsm
②混合液の浸透圧を求める
混合後の浸透圧(mOsm/L)=合計mOsm ÷ 最終容量(L)
338.8 ÷ 0.520 L = 約651.5 mOsm/L
③混合液の浸透圧比を求める
混合後の浸透圧比=混合後の浸透圧 ÷ 308(生食の浸透圧)
651.5 ÷ 308 = 約2.12
浸透圧比=2.12
この結果をどう見る?
- 浸透圧比 = 2.12 は、一般的な目安(浸透圧比3〜4で注意、4以上は中心静脈を優先)の中ではやや高めだが境界より手前のイメージ。
- ただしST合剤はアルカリ性で刺激性も加わりやすい点に注意。末梢で使うなら、太い静脈の選択・ゆっくり投与・十分なフラッシュ・刺入部のこまめな観察をセットで考えると安心です。違和感(痛み・発赤・腫脹)があれば早めにルート変更を。
計算のコツ:「浸透圧比の加重平均」は、各薬剤の“浸透圧比×容量”を足して総容量で割るだけ。
まとめ
- 浸透圧比=等張(1)からの離れ具合を示す指標。3〜4は注意、4以上は中心静脈を優先する。
- 投与可否の判断は、浸透圧だけでなく pH・薬剤の刺激性・濃度と速度・ルート条件を一緒に見るのがコツです。
- ST合剤静注、高濃度ブドウ糖、塩化カリウム、TPN系は高浸透圧の代表。原液・高濃度の末梢投与は避け、十分に希釈して運用しましょう。
- 混合計算は各薬剤の“浸透圧比×容量”を足して総容量で割るだけ。計算に慣れると、現場判断がとてもスムーズになります。
現場でのちょい足しチェックリスト
- 製剤の浸透圧/浸透圧比は確認した?
- pHと刺激性はどう?
- 希釈後の浸透圧比を概算してみた?
- 末梢なら太い静脈・ゆっくり投与・十分なフラッシュの設定OK?
- 痛み・発赤・腫脹の観察頻度と中止基準はチームで共有した?
- 施設基準(濃度上限・速度・ルート選択)に沿っている?